ボリバルブログ ~世界史教育の試行錯誤~

某公立高校の世界史教員が世界史教育について述べるブログ

「歴史総合」中項目(4)の試行錯誤(12.26追記)

 

「歴史総合」中項目(4)について、実践上考えておきたいことがある。

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1.4つの疑問

  1. 5つの観点は全て扱わなくてよいのか?
  2. 本当に現代的な諸課題を考察させるのか?
  3. テーマを何にするか?
  4. どのように教材作りするの?(←12/26追記)

この記事では、上記4つの疑問と、それを踏まえて私がどう克服しようと考えているかの試案を述べてみたい。

 

1.5つの観点は全て扱わなくてよいのか?

「自由・制限,平等・格差,開発・保全,統合・ 分化,対立・協調」の5つの観点のうち1つの観点しか扱わないとすると、大項目2・3で合計2つの観点しか扱えないことになる。*1

もちろんこれらの観点は、日々の主題学習の中で自然に使われる重要概念であることに違いない。中項目(2)(3)の中で、「統合と分化の観点でアジアのナショナリズム運動において生じた問題を考えよう」と主題(≒問い)を設定してもよいわけである。

一方で、「開発と保全」は使用がなかなか難しい。私の知識不足が原因だが、その観点に焦点化して産業革命の授業を行うと、その他の事象が捨象されるように感じる。だからこそ、中項目(4)で「開発と保全」という観点でそれまで扱ってきた歴史的事象を振り返るという学習にしてもよいかもしれない。

が、この観点を用いて現代的な諸課題の形成に関わる主題学習を行うとき、やっぱり5つの観点全てを扱いたい気もする。(入試に寄せるわけではないが、入試が「開発と保全」でテーマを組んだ問題を出題した時、その観点で学んでいない生徒は不利になるだろうから、この問題は入試第一主義の方にとっても考えるべき問題なんじゃないかな。余談を重ねると、すると資料集は観点を用いて各主題を振り返られる某社や、中項目(4)で全ての観点を取り上げて問いと資料を載せている某社が入試対策的には有利?)

 

2.本当に現代的な諸課題を考察させるのか?

これは学習指導要領をよく読めば答えが出る。

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「現代的な諸課題の形成に関わる~歴史を理解する」が授業目標なのであって、現代的な諸課題そのものを探究的に考察することはしないのである。たとえば、「在日外国人に参政権を与えるべきか」という論争問題があるとして、それを探究するとなれば現代の政治学を紐解く必要が出てくる。むしろその手の議論の資料を読まない限り、生徒は「なぜこの問いを考えるのにその資料がないの?」となるだろう。

しかし、これは「歴史総合」であり、地理歴史科なのである。大きく括れば社会科であるが、その中で歴史であり、かつ高校の「歴史総合」なのである。「歴史総合」で何を扱うのかというカリマネをきちんとしたいところである。学習指導要領では、「の形成に関わる~歴史を理解する」が目標であり、「現代においても…課題として残存していることに気付くように」指導すると示されている。「気付く」というのがポイントであり、ここでは決して「探究する」とは書かれていないのである。この点をはき違えて現代的諸課題の探究学習が始まれば「公共」になってしまう。あくまでも「気付く」だけで十分と割り切ればよいのではないか。

 

3.テーマは何にすればよいのか

これは実践上の課題である。たとえば学習指導要領の「近代化と私たち」では、「南北戦争は,アメリカ合衆国国民国家化にどのような意味をもったのだろうか」(統合と分化)という問いが例として挙げられている。これを律儀にやったとしよう。しかし問題は、では中項目(2)(3)の主題学習でアメリカ合衆国をどのように扱っているのかという問題である。扱っていないのに、第一次世界大戦前夜までの学習が終えたところで突然アメリカ合衆国南北戦争を扱うのは不自然だと思う。

しかし、これは「通史学習」を肯定したいわけではない。

(現行課程のA科目との)相違点の第一は、歴史総合では近現代史の通史的・年代的学習ではなく主題学習になることです。従前の世界史Aや日本史Aにも主題学習はありましたが、それは通史的学習の補完的位置づけでしたから、仮に主題的学習を取り扱わなくても特段の不都合はありませんでした。しかし、歴史総合に通史的学習はなじみません。全てが主題的学習と考えた方が良いと思います。(原田智仁「いよいよはじまる歴史総合ってどんな科目?」(『Research』2021,清水書院

原田の説明通り、歴史総合は主題学習だし、そういう意識で授業に取り組みたい。しかし、教科書がある程度の年代順で掲載されているし、時系列的に捉えるという歴史的な見方・考え方を働かせて歴史を学ぼうとするとき、やはり中項目(4)のタイミングで唐突に南北戦争が出てくるのは不自然な気もする。仮に主題学習で南北戦争を扱っているのであれば、わざわざ一時間かけてまた南北戦争を扱う徒労感もあるし、なんだかとってつけたような扱い方だ。

では、一体どんなテーマに設定すればよいのか。

 

4.どのように教材づくりするの?

某研究会で、中項目(4)から作成し、それに向けて(1)~(3)を構成するという単元開発が提案されていた。その研究会では「近代化」「国際秩序の変化や大衆化」「グローバル化」の3班に分けて単元開発を行っていたのだが、そのほとんどが中項目(4)の「観点」を最初に一つ定めてから授業をデザインしていた。

ただ、上記1節で述べたように、1つの観点で単元全体を貫くことは学びの幅を狭めてしまうような気もするし、そもそも学習指導要領が扱うことを求めるコンテンツを一部無視する議論のようにも見える。教師の「ゲートキーピング」を前面に出した結果、コンテンツが蔑ろにされる事例と見た。

また、指導要領には「内容のA及びBの(1)から(3)までの学習などを基に」と書かれている。すなわち、(1)の問いを表現をする学習は、生徒が自らの関心を問いとして表現し、その関心を出発点に(2)(3)で主題を設定するのだから、(4)は(1)~(3)で見られた生徒の学びを踏まえて構成する必要がある。「生徒はここが理解できていなかった」という形成的評価を行ったうえで「ではそこを補うこの観点で教材化しよう」とか、逆に「生徒はここまで考えることができたんだ!」という学びを受けて「ではもっと深めるためのこの教材を」とか「別の観点を用いて○○化の歴史を捉えさえてみよう」といった主題学習のデザインが想定されるだろう。

もちろん、ここで目標なき生徒の発散的思考から教材を作ろうなどとは考えていない。ある程度の恣意性と誘導は授業である以上あってしかるべきだ。

前向きモデル:既存の教育目標を仮のゴールとして,子供の「今できること」「わかること」を出発点に,それを引き出しながら目標を越えられるような,よりよい指導方法を教育現場が常に模索し実践し成果を日々評価する。子供が目標を超えて学ぶ姿を見せれば,それに合わせて目標を高く設定し直す。 
白水始 「評価の刷新―「前向き授業」の実現に向けて―」(国立教育政策研究所(編)『国立教育政策研究所紀要第146集』,pp.37-48.(2017)pp.39)

 

「仮のゴール目標」を設定するのであるが、あくまでも仮である。仮に中項目(4)の教材が「共有」されるのだとしても、「なぜその主題を設定したのか」を生徒の実態の基に説明されていなければならないだろう。

 

 

2.試案

以上4つの疑問点と私見を述べてきたが、ここで試案を述べる。それは、

 

・知識構成型ジグソー法で一つの主題を提示し、

・各エキスパート資料を3つの「観点」でそれぞれ学習し、

・その主題を解きつつ、「近代化/大衆化の歴史」はどんな歴史かを問う。

 

具体的には、「国際秩序の変化や大衆化と私たち」ではこんな授業を想定している。

 

メイン課題「なぜ女性は積極的に国防婦人会に参加して戦争に協力したのか」

エキスパートA「国防婦人会は他にどんなことをしたのか」

 → 琉球への国民化政策(統合と分化)

  資料:主題学習で扱ってきた、同化政策民族自決の問題点

エキスパートB「当時の女性たちはどんな社会を生きていたのか」

 →近代家族からの解放(平等と格差)

  資料:主題学習で扱ってきた、WWⅠ期や大正期の女性の社会進出と差別

エキスパートC「なぜ国防婦人会は大日本婦人会に改められたのか」

 →政府による女性利用(自由と制限)

  資料:主題学習で扱ってきた、ナチの女性政策・WWⅠ期の女性

+α課題「この学習で分かった大衆化の歴史における課題は、現代においてどの程度克服されたといえるのか」

 

この授業では、主題学習で扱ってきた資料を詰め込んで単元末に「国際秩序の変化や大衆化の歴史」を概念的に理解するという、拙稿(2021)の取り組みを一部残している。拙稿(2021)に掲載した20年度の実践は、学習科学の知見を自分なりに生かしたもので、生徒が「大衆化」を自分の言葉で何度も外化する機会を設けることで、対話によってその理解を高次のものにしようとする試みであった。実は「近代化」でも同様の実践を行っており、それは一応の成果を見ていた。かなり生徒は書くことができるようになっている。しかし、生徒の理解が既に深まっているため(少なくとも生徒がそう自覚しているため)、思った以上の対話が引き起こされず(話さなくても分かるから)、よりいっそうの深まりがなかったという反省があった。

そこで、今年2021年度は、授業では扱ってこなかったテーマを主題に据えることで生徒に「探求」活動をさせ、知識構成型ジグソー法によって協調学習を引き起こすことで「大衆化の歴史」を理解させるとともに、5つの観点のうち3つの観点を用いて多面的・多角的に考察できる学習に進化させることにしたのだ。しかも復習もかねている。問い自体に現代的な諸課題は含まれないが、この考察の中で出てくる諸課題から+α課題を考察することで「現在においても対応が求められる課題として残存していることに気付くよう」指導したい。

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この取り組みが上手くいくかどうか。教材研究頑張ろう。

 

【参考】

藤井忠俊『国防婦人会: 日の丸とカッポウ着』

NHKスペシャル「国防婦人会 戦争にのめり込んだ 母親たちの素顔」
https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0029/topic031.html

(他にもお勧め文献、論文あったら教えて下さい!)

*1:大項目4「グローバル化と私たち」の中項目(4)は歴史総合のまとめとして位置づく探究学習であるため、教師が観点を取り上げて主題を設定する学習は、「近代化と私たち」と「国際秩序の変化や大衆化と私たち」の2回しかないことになる。